Thursday, December 25, 2008

グレークリスマス

メキシコにいる間、ロサンジェルスは寒波に見舞われ、郊外の方では一足早いホワイトクリスマスも堪能している。

でも今日は冷たくグレーなクリスマスデー。

東京はとても賑やかな時期だが、ここはなんだか閑散としている。
みんな家族と静かにクリスマスを過ごしているからね。

日本の家族や友人がとても恋しくなる今日この頃。

Sunday, December 21, 2008

オン・ザ・ロード、メヒコ版

最近の旅行者は飛行機でひょいっと簡単に海外にいき、言葉の問題もないリゾートに泊まり、リゾートが提供する食事やアクティビティを楽しみ故郷に帰るケースが多いが、昔は自分の国を一歩出ただけで完璧に異国だった。旅そのものも訳の分からないバスや電車でとんでもないところに行ってしまったり、望まなくても冒険に満ちていた。世界が狭くなると、旅の冒険も薄れてしまうというのがちょっと悲しい。

でも望むものはちゃんと実現するのだ。

3日前、我が漁村からビーチリゾートタウン、プエルトバヤルタに移動。(Vallartaの発音はバヤルタとバジャルタの中間なので、バジャルタと表記される場合もある。)一等長距離バスだと4時間くらいで行けちゃうし、なかなか快適だ。しかもローカルバスと値段の差はほとんどない!

「2時のに乗れば、6時ごろPVに到着するから、ビーチを散歩して~、オシャレなバーでマルガリータで乾杯して~、ちょっとナイスなレストランで夕食を・・・」なんてプランをたてていた。

しかし!当日バスターミナルに着いて始めてわかった。一等バスの出発時間は午前2時と4時だったのだ。
(そういえば、この時期、日中の長距離バスは乗ったことがなかった。たぶん、年明けからデータイムの便が開始されるのだろう。)

しかたなく、ローカルバスで北上することに。
ローカルバスといっても長距離なので大型のツアーバスっぽいのだが、トイレがついていない。ビッグドッグは大丈夫だろうか?(私は旅をしている時はラクダのように水分を溜めておけるが、BDは普通なみにトイレが必要だ。)せめて最前列の席を!と日本のラッシュアワーで鍛えられたおばさんぶりを発揮し、運転助手の荷物を勝手にどかしそそくさと座ってしまう私。(数年前「俺が荷物をみてるから、最前列をゲットしろ!」というBDの願いを無視したことがあったが、途中でゲロられてしまい、お互い辛い思いをした。)

「PV到着は遅れちゃうけど、しょうがないね」
今はいろんなことに対し執着が薄れているので、スケジュール変更くらい、どうでもいい。
しかし、数キロ町を出ると、運転手は退屈なのか眠たいのを我慢しているのか、携帯メールをやり始める。やめてくれよ。
「携帯メールこそ危険なのに」とBDもぼやく。
「終わったみたい。これで運転に集中してくれるといいんだけど」と言い終わらないうちに今度はゾウキンでダッシュを掃除し始める。それが終わると切符を数えたり、お札を整理したり。その都度、私はBDを突き、クスクス笑ってしまう。そして、その都度、運転速度が落ちる。
「今世紀中にPVに到着したいんだけど」クスクスクス。

サッカー映画が終わると(昔は大音量のカーステレオだったが、今はどの長距離バスもビデオやDVDが完備されている。トイレがなくても。)今度はスペイン語に吹き替えされたしゃべる動物のファンタジーだ。サッカー映画よりデカイ音だ。しかも、まだ旅の三分の一も通過していない。陽はどんどんと沈む。

そしてとうとう、海岸を走るハイウェイ、Mex200からバスは離れてしまうのだ。
「トマトラン12キロ、と看板があったけど、トマトランでUターンするのかなぁ」と私は心配だった。
「別のルートでPVまで行けるんだよ」こういう時、何故か楽観的になってしまうBD。

別のルートなんてありゃしない。トマトランの町でUターンするのだが、それだけではすまない。
客の乗り降りがないのにバスは30分も道ばたで待機している。やっと動き出すと、我々の前(要するにバスの入り口のところ)には運転手の妻と息子もいるのだ。
(「ね、気がついた?この運転手、しゃべると運転がえらく遅くなるんだけど」)数キロ走り、また停止する。今度は妻にお金を渡し、夕食を買わせにいかせている。(「なんでトマトランで30分も停止している時に買わなかったんだろうね」イライラがどんどん浮上してくるのだ。)

道ばたタコス屋台から戻った妻。持ってきた「夕食」に私は仰天!
彼女が抱えてきたのはラージサイズのスチロールカップ満タンのスープとカリカリのトスターダ。でも運転手はそれが欲しかったようだ。運転しながら丁寧にスプーンで味わっているのだ。ひとさじ、ひとさじ、こぼさないようにゆっくりと。そして運転も極端にスローダウン。

「時速35キロだよ!」もうがまんできないBDは(トイレなのか、速度なのか?たぶん両方だったのだろう)バスの中でぴょんぴょん跳ね回る。「歩いた方が速いよ!がぁぁぁぁ!もう、我慢できない!!!俺が運転変わってあげるよ!席でゆっくり心ゆくまでスープを飲んでくれ!!!んんんがぁぁ!ハイジャックしてやろうか?!」

わめくBDを運転手はちっとも気にしない。スープの最後のひとさじとトスダーダの最後のひとかけらを食べ終わり、ソーダも飲み干すと暗闇の中の小さな町で妻と息子を降ろす。外は真っ暗だ。で、ヘッドライトでもあまりよく前が見えなくなると?速度を恐ろしく上げるのだ。もちろん。

スペイン語でしゃべる動物の映画は終わったが、かわりに今度は爆音のエレクトロ・オペラだ。派手な衣装のグラマラスな女性が踊りながら甲高い声で叫んでいる。暗闇の中のクネクネ山道を暴走するには最高のBGMなのだろう。しかし、こんなスリルも運転手には退屈なのか、また携帯メールを始める!そして切符やお札の整理も!いつ崖から転落しても不思議ではない。

それでもPVに到着するのだ。ハレルーヤ!
バスから解放だ!生きているうちに!ハレルーヤ!
PVのホテルがちょっと高い?そんなのどうでもいいよ。

Sunday, December 07, 2008

一日メセラ

「ウェイター・ウェイトレス」は英語のwaitから由来し、ウェイターをすることをwait tablesという。食卓のそばで給仕する、というところから来ているのだが、スペイン語の「メセロ・メセラ」の語源はメサ=テーブルだ。だから「テーブラー」ってカンジ?

ロサンジェルスでは俳優になりたいけどなれない人、脚本家になりたいけどなれない人、映画監督になりたいけどなれない人たちが集まる職業だ。(だからか、ロスでの外食はなんとなくウザッたかったり?)なりたいけどなれないんだったら、なれるまでlet's wait、と考えているのだろうが、どんな仕事でも軽く見ちゃいけない。

金曜の夜、和食屋レストランのゴローさんが従業員と一緒にトラックでやってきた。
「明日予定入っている?」
「別に何もないよ。」
「助けてもらえないかなぁ。キッチンスタッフ二人も風邪で休んじゃっているし、ベトは明日から大学なんだ。もう、やっていけないからお店休もうかとも思ったんだけど・・・」
「え?そんな。いつでも手伝うのに。大丈夫、大丈夫。何時から?」と簡単に引き受けてしまう私。
「なに?なに?」ビッグドッグもバルコニーから覗く。
「明日、ゴローさんのところで働くのよ!」
「オー!オーケーだよ!」
「彼は昔レストランも経営していたから、大丈夫よ。二人でなんとかなるから。」

でも、どうだろう。スペイン語で注文なんて受けられないよ~!日本ではヘンな日本語をしゃべる外人さんウェイターなどに対して優しいけど、メキシコもそうなのだろうか?

お昼時の客は主に北米人で比較的空いているが、徐々にメキシコ人客が増え、彼らのランチタイム(3時~5時)になると店は超満員。その上、テイクアウトの注文も殺到。レストランは戦場と化し、頭は真っ白になってしまう。何も考えられない。ただ注文を厨房に渡し、食事を客に運ぶだけだ。

レストランもキッチンもスペイン語、英語、日本語のちゃんぽんが激しく飛び舞う。
「照りポーヨ!メサ・セブン!」
「ノー!これはメサオチョのよ」
「2ティ・ヘラード。1シン、1コン、シュガーね」
「焼き飯センシーヤ、パラ・イェバール!」
「カンビオ、お願いします!」

そういう状況で本領を発揮するのがビッグドッグ。接客業が苦手な私はいつの間にか皿洗いやらドリンク作りに移っている。その間ビッグドッグは4カ国語で注文を受けたり、客と冗談を言い合ったり、日本や日本の食事について説明しているのだ。「二人でなんとかなる」なんてゴローさんに言ったけど、実はビッグドッグ一人で三人分くらい働いている。(そして、驚いたことに、莫大のチップをメキシコ人客から貰っているのだ!幸い(?)チップはスタッフ全員で山分けされる仕組みになっている。)(もちろん、就労資格がない我々は日当もチップも拒否しました。)

金に困ったら和食屋でウェイトレス、というのが私のバックアッププランだったが、これも考え直さないと。
今回の経験から見ると、私はウェイトレスより皿洗いに向いているようだ。

Monday, December 01, 2008

ヒッチの立地条件

「Kたちに会いにいこうよ」
ここ数日、なんとなくアクティブになっている我々は20キロ北、ハイウェイとビーチの間のジャングルに住む友人たちを訪ねることにした。

大きな移動にはバスを利用している我々だが、40キロ以内ならヒッチハイクの方が便利だと前回のステイでわかった。ハリスコ州の人々はとてもフレンドリーで親切だし、どんなに小さな村や集落でも必ず入り口と出口にはトペ、速度を制御させるスピードバンプがあるからそこで待てばすぐに便乗できる。「わ~、拾ってあげたいけど急には止まれないからごめん~~~!」という言い訳もできないからね。

今回も例外ではなかった。60秒もたたないうちに中年夫婦のピックアップトラックの後ろでラマンサニヤに向かっていた。どうやら買い物の帰りのようでトラックの後ろにビールのケースやビニールの買い物袋などが。我々は買い物が飛び出さないように見守る男の子と一緒だった。

ビッグドッグは素早く運転台に近い角にしゃがんだので、私はスペアタイアの上に腰を下ろし、トラックの脇を片手で握った。荷台での移動は気持ちいいが恐い。山道は険しくカーブしまくる。レーンの幅も狭く、路肩がないところがほとんどで、その先はすぐ崖だ。想像力が逞しすぎる私はいつもトラックが崖に転落するところをイマージしてしまう。たぶん、勢いで木の枝に串刺しにされ、点火したガソリンでこんがり串焼きされてしまうのだろうな、なんて。さらに、乗せてくれるトラックの荷台にはガソリンらしきものが入った小さなポリタンクがあるのだ。どういうわけか、いつも。

もちろん、いつも想像だけで終わってしまい、無事目的地に到着するのだが、今回は目的地ではなく、ラマンサニヤに入ってしまった。

「逆になっちゃうなぁ。本当は20キロマーカーのところで降りて、ここまで歩いた方が帰りが楽だと思うんだけど・・・」とビッグドッグはボソボソ言うのだが、お腹が空いていた私は「でも、先に食事ができるからいいじゃない」と楽観視。

ラマンサニヤもこの4年間でかなり変わった。外国人の住民も増え、前は何もない崖に何件もの立派な住宅が建っている。海辺のレストランも昔から営業している海の家風のレストランに加え、外人たちが経営するおしゃれなビーチレストランも並ぶようになった。ビーチ沿いのココナツ林のテント、ハンモック、キャンピングカーも大きな家に変わってしまっている。

昔からある(でも少しデラックスになっていた)道ばたのレストランで魚フライの定食(ビッグドッグ)とセビーチェのトスターダ(バッドドッグ)を食べてから相変わらず素晴らしくもの寂しい浜辺を北に歩いた。どんなに町が変わっても海が変わらないのが嬉しい。

湾の北の方には小さなホテルとキャンプ場があるのだが、それ以外は一件のさびれたレストラン兼アバロッテ(メキシコ版コンビニ)だけだ。
「ここ、何もないね。」
暗闇の中には空っぽの棚がいくつもある。クーラーケースを覗いても何もない。
「ビールないじゃん」ビッグドッグは残念そうに言った。
「あ、あった!」
場違いに立派なコカコーラロゴの冷蔵ケースの中にはソフトドリンク類やヨーグルトと一緒に数本のビールが入っていた。コロナを2本取り出し、店の中で立ち飲みしながら、まわりをキョロキョロ。
「やっぱり肝心な物はちゃんとストックしているんだね。」
「下痢してなければね。」トイレットペーパーは見当たらなかった。

のどを潤した後はバナナ畑とパパイヤ畑の間の細道に入り、緑茂るジャンルへ。

「もし、長く住むんだったら、私も絶対こういうところがいいな。」
高くそびえるバニヤン、ココナツ、多彩なヤシの木、マンゴ、間を埋め尽くすバナナ、パパイヤ、いろんな蔓・・・人通りもなければ、何もない。静かでピースフルだ。

KとJが住む場所には数件の家があり、手入れがいきとどいたガーデンに囲まれている。今日は二人とも留守だった。
日が暮れ始めていたので、彼らを待たずにハイウェイの方に向かうことにした。

ビッグドッグが心配していた通り、ここではなかなか車が止まってくれない。信号もなければトペもない。皆、びゅんびゅん通り過ぎてしまう。大きなトラックなどが通る時には崖っぷちまで寄らないと危ない。(崖っぷちも十分に危ないのだが。)ビールを飲む間を除いて、何時間もノンストップで歩いていたのでさすがに疲れてきた。

「ラマンサニヤの入り口までいけば誰かしら拾ってくれるよ。じゃなければ、そのうちローカルバスが通るさ。最悪、20キロ歩けばいいし。不可能じゃないよ」と自分を励ましながら前に進むのだが1キロがどんどん長く感じるのだ。
「もう19キロのマーカーじゃない!」と明るく指差す私だが、心の中では「え?まだ1キロしかハイウェイを歩いていないの~?」とがっかり。
次のマーカーまでどのくらいかかるんだろう?
よたよた歩いていると、飲料水を運んでいるトラックが止まってくれた。

「グラシアス!グラシアス!」トラックの運転台によじ上りながらお礼した。
運転台は心地よいし、荒い運転が一般的なメキシコでは珍しく穏やかに運転するドライバーだった。

ということで本日の教訓:
メキシコでのヒッチハイクはイージーだが、立地条件を無視してはいけない。
まずはトペを確認しよう!