Friday, July 01, 2011

自分へもどる

日本の災害によりこれほど自分が変わってしまうなんて。被災もしていなければ、実質的な影響もないのだが、あれから自己表現したいという気持ちが消えてしまった。書くことも、描くことも、創作することも。あまりにも凄まじい破壊を見てしまったからだろうか?(しかも、すべてがテレビかコンピュータの映像!なんて軟弱な人間なのだろう!)日本へいけば、この妙な倦怠感が治るかとも思った。新しいパラダイムの中で再建のため働く人々に力づけたれるだろうと。古いやり方を捨て、革新的なマインドで結ばれた国民が一つになり、偉大なる挑戦に向かう姿に励まされるに違いないと。

甘かった。日本にいくと、事故直後に東電がどれだけ情報を隠していたかが話題になっていた。官僚たちは正しい情報を提供するより「混乱を防ぐ」ことを優先している。政治家たちの茶番劇も見せられてしまう。一部で何も変わっていない日本になんだか絶望してしまった。

ますますアンニュイが高まるだけだ。何かする意味なんてあるの?

カリフォルニアへ戻ってもなかなか牧場へは戻れない。大型トラックとの衝突事故でグシャグシャになってしまったトラックがまだ修理中だ。

「なにもかも死んでいるよ~」一日に何度も嘆く私にウンザリなビッグドッグ。
「たかが植物だろ。」
「ゴーファーも荒らし放題だよ、きっと。」ビッグドッグは畑のことなんて気にならないけど、ゴーファーのことを言えば、早く牧場へ戻りたくなるのでは?
「どうすればいいんだよ。君は日本にいったりしているけど、俺はずっとロスだぜ。」
「牧場に戻れないんだったら、日本にいればよかった。」
お互いイライラの毎日だったが、なぜレンタカーしないの?なぜ電車でいかないの?なぜ人数分よりたくさん車を持っている家族から一台借りないの?突っ込みたいところばかり。だが、突っ込む気力さえもない。

しかし、牧場は我々なしでもちゃんと生きていた。小さな苗は死んでしまっていた。温室もアリとアブラムシだらけだ。イチゴも実が少ないし、サクランボは一つも残っていない。水不足と気温上昇からとうが立ってしまったものも少なくない。ゴーファー活動も激しかった。だが、思ったほど荒らされていない。生きていてくれた植物も多く、とても元気なヤツもいる。夏の畑はバラバラに植えた野菜類、自然に生えているルッコラやチャードと雑草のジャングルだ。

社会なんかから勇気づけられると思っていた自分が間違っていた。私のパワーの源は自然しかない。また自分に戻れそうな気がしてきた。

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