天国への階段
一段、二段、三段。次々と重なる階段。そして坂。険しい坂。険しい階段。家の上にさらに家。そして、その上にまた家。
ワナワトはクレージーなキュービスム作家が作り出したような街だ。狭い谷に重なるいくつものカラフルなブロック。名前は原住民の言葉で「カエルの場所」という意味らしいが、銀山の発見によりカエルはスペイン人に取って代わった。発展するスペースがないなんて問題にはならなかったようだ。横に広がる場所がなければ縦に成長しようじゃないか。ワナワトは究極の垂直シティだ。
昔から訪れてみたかった。道路網が必要になった時代、もう地上には道路どころか立体道路すら入れる場所はなかった。そこで考えられたのが地下道路網。すべてが地形に沿って造られた地上は迷路だが、その迷路に沿って造られたのか地下道路網も迷路だ。
「ひとつ間違ったら、完全に迷子だね。永久に地上に出られないかもしれないよ」何年も前に、ある老カナダ人から聞いた話だ。
すげえ。永遠と地下道路を運転し続けるかわいそうなドライバーを想像してしまった。かわいそうだが、なんとなく楽しそう。ロンドンのロータリーにはまってしまうより楽しそうだ。
ワナワト人によると、ここは「メキシコの中心」だ。地理的に国のど真ん中らしいが、歴史と文化の中心でもある。植民地時代に建てられた立派なビルや寺院、歴史的スポット、鉱山とミイラ。そう。何故かミイラも街の名物なのだ。気候の関係、埋葬された遺体は腐らず、ミイラ化し、何体ものミイラがミイラ博物館で展示されている。
訳が分からないものを恐れる人はワナワトに来ないほうがいい。道はゴチャゴチャ、細い通路はどこへ行くのかまったく分からない。二人並んで通れない小路もたくさんある。すべてがクネクネ、あちらこちらへと行く色彩豊かな迷宮だ。地図にするのも不可能なのかもしれない。だって、同じ地図は二つとない。縮尺だっていい加減だ。みんな勝手に道が表示されていて、どれも本当の地形とは異なっている。グーグルマップすら正確に表示できていない。
ワナワトを見るには地図なんて捨てて、カンでいくのがベスト。階段やトンネルを恐れずに。どんどん、どこへ行くのかわからない階段を上る。上って、上って、下がって、また上る。地元の人たちはへっちゃらだ。前屈みでゆっくりと階段を上るおばあちゃんたちだってへっちゃらだ。延々と続く階段、あちこちへと曲がる階段をとことこと上る。両手に荷物をぶら下げて。100年近く、毎日、いや、毎日数回かもしれない、何段もの階段を上るお婆さんたち。一生のうちに何段上ったのだろう。彼女たちにとって天国は階段のない場所なのだろうか。
メキシコ人は「ワナワトは一生に一度は訪れないと」というらしい。日本で言えば京都や奈良?スペインから独立を勝ち取る切っ掛けとなった重要な街だ。エル・ピピラという独立戦のヒーローは背中に石の板を縛り付け、スペイン兵と戦い、彼らがひそむ穀倉に火をつけたとか。(彼の像は山の上から街を見下ろしている。もちろん、階段を上り、近くまで行けるのだが、足の不自由な人たちのために唯一のケーブルカーが走っている。)
ヨーロッパからの観光客も見かけるし、日本からの旅人にも出会った。ワナワトの豊かな文化、ナイトライフ、芸術(壁画家ディエゴ・リベラの出生地だ)や若いエネルギーにひかれてやってくる人が多い。ワナワト大学のお陰で街の中心は若い人たちでいつも賑わっている。そして、彼らは他の街の若者よりなんとなくヒップだ。
だけど、北米人はあまり見かけない。リゾートや海岸方面では大勢見かけるカナダ人もここでは見かけない。(カナダ人が行く場所にはいつも彼らの国旗があちこちに掲げられているのだが、ワナワトでは一つも目撃していない。)
「どこへ行くにも歩かないといけないからだよ」というビッグドッグ。
「それと階段ね。」
こんなに魅力的な街なのに。メキシコ人は「一度は訪れたい」かもしれないが、私はここに住んでみたい。カラフルでかわいいアパートを眺めながら、あ、あれがいいかな?それとも屋上にガーデンがあるあそこがいいかな?と「もし住むのだったら」を想像していた。もちろん、どこも天国への階段を上らなければならないが、いいワークアウトになりそうだ。少なくても、高いジムへのメンバーシップはいらないよね。
上って、上って、、、
ワナワト大学。入り口は階段の上です。
遠くに見えるブルーの建物が気になったが、、、
たどり着くまでにはいくつもの階段が。
階段だらけだ!

そして石の階段が崩れたら、木のハシゴがあるぜ。
ディエゴ・リベラ博物館の中にあった、ラフで素朴な「ディエゴとフリーダ」
街を展望すると。
狭い道路に、、、
、、、もっと狭い小路。

ちょっと不安定にみえる「追加」

道の上の「空気」もいい「空間」

トラックより便利。
初心者ドライバーには無理?

どこへ行く道なのかわからないのが楽しい。
ワナワトはクレージーなキュービスム作家が作り出したような街だ。狭い谷に重なるいくつものカラフルなブロック。名前は原住民の言葉で「カエルの場所」という意味らしいが、銀山の発見によりカエルはスペイン人に取って代わった。発展するスペースがないなんて問題にはならなかったようだ。横に広がる場所がなければ縦に成長しようじゃないか。ワナワトは究極の垂直シティだ。
昔から訪れてみたかった。道路網が必要になった時代、もう地上には道路どころか立体道路すら入れる場所はなかった。そこで考えられたのが地下道路網。すべてが地形に沿って造られた地上は迷路だが、その迷路に沿って造られたのか地下道路網も迷路だ。
「ひとつ間違ったら、完全に迷子だね。永久に地上に出られないかもしれないよ」何年も前に、ある老カナダ人から聞いた話だ。
すげえ。永遠と地下道路を運転し続けるかわいそうなドライバーを想像してしまった。かわいそうだが、なんとなく楽しそう。ロンドンのロータリーにはまってしまうより楽しそうだ。
ワナワト人によると、ここは「メキシコの中心」だ。地理的に国のど真ん中らしいが、歴史と文化の中心でもある。植民地時代に建てられた立派なビルや寺院、歴史的スポット、鉱山とミイラ。そう。何故かミイラも街の名物なのだ。気候の関係、埋葬された遺体は腐らず、ミイラ化し、何体ものミイラがミイラ博物館で展示されている。
訳が分からないものを恐れる人はワナワトに来ないほうがいい。道はゴチャゴチャ、細い通路はどこへ行くのかまったく分からない。二人並んで通れない小路もたくさんある。すべてがクネクネ、あちらこちらへと行く色彩豊かな迷宮だ。地図にするのも不可能なのかもしれない。だって、同じ地図は二つとない。縮尺だっていい加減だ。みんな勝手に道が表示されていて、どれも本当の地形とは異なっている。グーグルマップすら正確に表示できていない。
ワナワトを見るには地図なんて捨てて、カンでいくのがベスト。階段やトンネルを恐れずに。どんどん、どこへ行くのかわからない階段を上る。上って、上って、下がって、また上る。地元の人たちはへっちゃらだ。前屈みでゆっくりと階段を上るおばあちゃんたちだってへっちゃらだ。延々と続く階段、あちこちへと曲がる階段をとことこと上る。両手に荷物をぶら下げて。100年近く、毎日、いや、毎日数回かもしれない、何段もの階段を上るお婆さんたち。一生のうちに何段上ったのだろう。彼女たちにとって天国は階段のない場所なのだろうか。
メキシコ人は「ワナワトは一生に一度は訪れないと」というらしい。日本で言えば京都や奈良?スペインから独立を勝ち取る切っ掛けとなった重要な街だ。エル・ピピラという独立戦のヒーローは背中に石の板を縛り付け、スペイン兵と戦い、彼らがひそむ穀倉に火をつけたとか。(彼の像は山の上から街を見下ろしている。もちろん、階段を上り、近くまで行けるのだが、足の不自由な人たちのために唯一のケーブルカーが走っている。)
ヨーロッパからの観光客も見かけるし、日本からの旅人にも出会った。ワナワトの豊かな文化、ナイトライフ、芸術(壁画家ディエゴ・リベラの出生地だ)や若いエネルギーにひかれてやってくる人が多い。ワナワト大学のお陰で街の中心は若い人たちでいつも賑わっている。そして、彼らは他の街の若者よりなんとなくヒップだ。
だけど、北米人はあまり見かけない。リゾートや海岸方面では大勢見かけるカナダ人もここでは見かけない。(カナダ人が行く場所にはいつも彼らの国旗があちこちに掲げられているのだが、ワナワトでは一つも目撃していない。)
「どこへ行くにも歩かないといけないからだよ」というビッグドッグ。
「それと階段ね。」
こんなに魅力的な街なのに。メキシコ人は「一度は訪れたい」かもしれないが、私はここに住んでみたい。カラフルでかわいいアパートを眺めながら、あ、あれがいいかな?それとも屋上にガーデンがあるあそこがいいかな?と「もし住むのだったら」を想像していた。もちろん、どこも天国への階段を上らなければならないが、いいワークアウトになりそうだ。少なくても、高いジムへのメンバーシップはいらないよね。




















2 Comments:
うひゃあ、楽しそう!
ワナワト行きたいにゃあ。
湘南ビーチFMマガジンで「こみち散策」特集を書いたばかりだから余計に気になる。
そう、「野良猫気分で」うろうろするのっていいよね!
昔、住んでいた柳町、神楽坂、荒井町近辺のこみちも魅力的だったけど、葉山、鎌倉も情緒があって大好き。
湘南ビーチFMマガジンはエアラインの機内誌のように写真がキレイ!特集、おもしろい!毎月チェックする価値ありますね。
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