Friday, January 25, 2008

トルトゥーガ

我 々が今住んでいる中央メキシコの海岸はコスタ・アレグレと呼ばれているが、このハッピーコーストというニックネームは実は 観光業界がつけた名前だ。もともとはウミガメの一種、carey (英語ではhawksbill、日本語だとタイマイ)に由来するコスタ・カレーイェスと呼ばれていたらしい。実際はタイマイだけでなく、他の種類のウミガ メもこの海岸で産卵していて、各地で保護活動が行われている。

「今夜、孵化した仔ガメを海に放すらしいけど、ボランティアを集めているんだって」
冬をこの町で過ごす「渡り鳥」の一人、イーグルが市場から戻る我々を見かけ、誘ってくれた。
「5時にプラザに集まってから警察が誘導するみたいだよ。」


勿 論、ここはメキシコ。5時に行っても警察はいない。15分後くらいに現れ、さらに15分くらい待ってからの出発だった。警察のトラックを先頭にぞろぞろと 十数代の車は後を追い、南へ。数分走ると隠れた細道へ入り、巨大なバナナ農園の間を縫い、海岸へ向かい、スイレンでいっぱいの入り江にたどり着く。ここか らは小さなボートでビーチまで渡るのだが、何十人ものボランティアがいるため、何度も何度もボートは往復しなければならない。あたりは蚊だらけで待ちなが らみんな体をパタパタたたいている。

だが、ビッグドッグは蚊より警察の一人が抱えているマシンガンの方が気になったらしく「戦争はどこ?」と冗談を言っている。

我 々がビーチにつく頃には夕日も消え、地平線には微かなオレンジの光が名残惜しくぼんやりしているだけだ。ビーチの丘にあるキャンバスのテントからは黄色い 灯りが漏れている。ここが保護団体の事務所なのだ。そのとなりには柵で囲ったエリアがあり、砂の中に何本もの細い棒が埋まっている。

「まだ孵化していない卵を記しているんだろうね」

テントの中には人だかりが。みんな青いプラスチックの桶を囲っている。私も覗くと、桶の中には何十もの小さな亀がウヨウヨ。大きいのはタバコの箱くらいの大きさだが、一番多いのはその三分の一くらいの大きさのオリーブ色の亀たちだ。

「小さいのはゴルフィーノといい、大きいのはラウード」どうやらこの保護活動家は英語の名前は知らないらしい。

そとはすっかり闇に包まれているが、まだ何かを待っている。
「プレジデントを待っているんだよ」と説明しているメキシコ人がいるが、もちろん大統領を待っているのではなく、地域の偉い誰かだ。市長なのか知事なのか、ディテールはスペイン語と英語の間の溝に消えている。

「やっぱり!」ビッグドッグは得々と頷く。「だからマシンガンがあるんだよ!」
そういえば、昔、マルコス政権没落直後のフィリピンでイカ釣りに行った時も同伴客が偉い政治家だったため、機関銃を肩にかけたボディガードが何人もいたなぁ。
「そうか。私たちは単なる大道具なのね。」
「別にいいじゃん。これで少しでもウミガメのためになれば。こういう機会があるから保護のための予算も確保できるし、意識も高まるし。」根っからの動物愛護家であるビッグドッグはいたって協力的だ。

やっと「プレジデント」が到着し、みんなウミガメ先生(と勝手に私が名付けている団長)を囲むと彼の簡単な説明が英語とスペイン語で始まる。

「鳥 やカニに食べられないよう、仔ガメは夜放します。まず子供たちにお願いしたいんだけど、こうやって亀を持ってください」彼は仔ガメを一匹桶から取り出し、 手のひらに乗せる。「逃げようとするので、ちゃんと背中を押さえてね。殻の底に小さな穴が空いているけど、これはとても重要です。ここから亀は砂とこの地 域の情報を収集します。で、大人になって産卵の時期になったら、またこの浜辺に戻るんです。」

ここから放すウミガメはゴルフィーノ (Lepidochelys olivacea 和名ヒメウミガメ)とラウード(Dermochelys coriaceaオサガメ)だが、オサガメは世界で一番大きなウミガメでヴォルクスワーゲンくらいの大きさまで成長するらしい。どちらも絶滅に瀕している。自然の 中では孵化した仔ガメは砂が冷めるまで待ち、やはり夜になってから這い出て、一斉に海に這って行く。で、海に入り、消えていくのだ。読んだ話では生まれて から1年はどこでどうやって暮らしているのかは動物学者もまだわからないらしい。

ウミガメ先生はまず一列になった子供たちに仔ガメを配給する。
「名前をつけてもいいんだよ。さあ、一、二の三で海の方まで歩いて、砂の上に仔ガメを置いてください。いいですか?ウノ、ドス、トレス!」

子供たちは手に仔ガメを乗せ、前へ進み、砂の上に置く。懐中電灯の灯りは仔ガメを追うので忙しい。奇跡の旅の始まりだ。

強い仔ガメはぐいぐいと海に向かう。波が近づくたびに声があがる。
「がんばれ!もう少しだよ!」
「ワ〜!」
波が小さな体をカバーすると一斉にまた声があがる。

弱いのは途中で止まってしまい、みんなをハラハラさせる。Uターンするヤツもいるし、波に押し返されてしまうのも。
10年後、20年後、50年後に果たしては何匹がここに戻ってこれるのだろう?

子 供たちに続き、今度は大人たちの番だ。ビーチな懐中電灯の細い光以外は真っ暗だ。闇と興奮とあちこちに行く亀と人間で大混乱状態になっている。誰かが間 違って仔ガメを踏んづけてしまうのではないかと心配でしょうがない。私も仔ガメを海に放したいのだが、すでにビーチにいるヤツらが気になってしまう。一生 懸命、這っている亀を見つけると、そこにしゃがみ体で壁を作る私だ。これなら先に私にぶつかる。

やっと少し落ち着き、私も桶から赤ちゃんを一匹取り出す。手足は驚くほど力強い。これなら生存の可能性は大だな。
砂の上に置き、海に向かうのを見守る。
「がんばれ!がんばれ!」
彼女は一生懸命だ。そう。きっとこの子は「彼女」よ。そして何十年後にまたこの浜辺に戻り、いっぱい卵を産み、元気な二代目を残してくれるのよ。

「ゴー!ゴー!ゴー!アレー、アレー、アレー!」心の中で叫ぶ。小さな命の力。知らない間に目は涙でいっぱいだ。

「Voy, vas, va, vamos, van!」感動のあまり「行く/行け」動詞の活用を暗唱してしまう。

あんなに小さな生き物。しかも生まれたばかりの彼ら。どうやって大きな、大きな海で生きていけるのだろう?暗闇の中で独りぼっち。私たちの心の祈りなんて何の助けにもならない。それでも私は祈る。

「強く、たくましく、長く生きて行くのよ!」

仔ガメはみんな海の中へ消えて行った。

ビーチから入り江へ戻る途中、ビッグドッグは浜辺に落ちているペットボトルを拾う。
「No basura en la playa! ゴミはビーチに捨てないで!」

「プレジデント」は「そう、その通り!ビーチは奇麗に保つのだ!」と機会を逃さず同意するが、入り江までの道でゴミを拾うのはビッグドッグと私だけだった。

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